第5章 見返りはパン以外で
改めて時計を確認したら、時刻はまもなく22時を回る頃だった。
「わたし、そろそろ帰ります。」
同性の友人宅にお邪魔していたとしても、常識的に遅い時間だ。
出会って間もない異性の家となれば、なおさらである。
そう思っているのはムギだけなのか、眉間に皺を寄せたローはムギの顔を真剣な眼差しで見つめた。
「顔色は悪くないな。熱もまあ、完全にとは言えねェが……しょうがねェか。」
なんにもしょうがなくないと思うのだが、看病してもらった手前、あまり反論ができない。
「おうちの人、帰ってきました? もしいるなら、挨拶くらいしていきたいんですけど。」
「気にするな。今日は深夜まで帰ってこない。」
「そうなんですね。」
安心したような、申し訳ないような微妙な気分だ。
ベッドからのそのそ出て、心ばかりにシーツの皺を伸ばす。
バッグを手に立ち上がったら、同じタイミングでローも腰を上げた。
「家まで送る。」
「……。」
なんか、デジャヴだ。
まさに今日、家を教えておかないで後悔したばかり。
こんな珍事件は二度と起こらないと知りつつも、ムギは大人しく送られることにした。
ローの家からムギの家までは、歩いて20分ほど。
決して近くはないけれど、歩けない距離でもない。
ムギとしてはタクシーを使うくらいなら是非とも歩きたいのだが、往復一時間近くを要してしまうローを考えると、そんな我儘は言えず、彼が電話でタクシーを手配するのを黙って聞いた。
「すぐ到着するらしい。準備ができたらマンションの下に行くぞ。」
「はい。」
今日はローに世話になりっぱなしの一日だ。
改めてお礼をしなくてはと思うけれど、ムギにできることは本当に少ない。
どうしたものかと考えているうちに、マンションの下までやってきたタクシーにローと二人で乗り込んだ。