第5章 見返りはパン以外で
部屋のドアを開けたのは、もちろんローだった。
この家にはムギとローしかおらず、できれば他の人なら嬉しかったのだが。
「おい、寝ておけと言っただろう。」
「……無理って言いませんでした?」
「そういう趣味はない、としか言っていなかったが?」
どっちでもいいんだよ、そんなこと。
意味合い的には同じだ。
顔を上げて睨みつけようとしたら、ローが湯気立つ土鍋を持っていることに気がついた。
「まあいい。起きているならついでに食え。」
「……え?」
「薬は食後だ。空腹時に服用すると、効果が出ずに胃が荒れる。」
「そう、なんですか。」
詳しいなと感心して頷いたら、ベッドの脇からサイドテーブルを引っ張り出したローがムギの前に土鍋を置いた。
熱々の土鍋の蓋を開けると、野菜と卵の雑炊がぐつぐつ煮えていた。
レンゲで雑炊をひと混ぜしたローは、手際よく持ってきた器に取り分ける。
「ほら、熱いから気をつけて食えよ。」
手渡されたレンゲと雑炊を交互に見て、ムギはまん丸な目を瞬かせて首を傾げた。
「わたしが食べていいんですか……?」
「当たり前だろ。」
「これって……、もしかして作ってくれたんですか?」
「……いいから黙って食え。」
出来立ての雑炊が空から降ってくるわけでもなく、これは間違いなくローが作ったものだ。
病院に連れていってくれて、家に上げてくれて、なおかつ手料理を振舞ってくれるとは、この男、もしや神か?
ついさっきまで大魔神だと思っていたくせに、目から鱗が落ちたムギは調子良くローを崇めた。
だってしょうがない、空腹には勝てないから。
ムギを苦しめていた食欲不振は出汁の香りにすっかり負けて、ほかほかの雑炊をひと匙掬った。
「……美味しい。」
レトルトじゃなく、売り物でもなく、パンですらないそれは、ムギの胃に流れると共に、優しく穏やかな想いを運んでくれた。
その感覚は、少し懐かしさを思わせるものだった。