第5章 見返りはパン以外で
「……大丈夫か?」
背中に感じる身体はがっしりと硬く、真上から落ちてきた声はお腹に響くほど低く良い声で、ついでに言うと思ったよりも紳士だった。
「だ、大丈夫、です。ありがとう、ございます。」
さすがのムギも、転倒するところを助けてもらったら感謝を意を伝えるくらいの礼儀は持っていて、ふらつく足で均衡を保ちながら礼を言う。
「風邪か?」
「……はい、たぶん。」
「熱は?」
「ちょっと、あります。」
「何度?」
ゼフに負けじと矢継ぎ早に質問を重ねられ、なんだか尋問されているような錯覚を覚える。
そろそろ掴まれている両肩を離してほしい。
「あー……、えっと、39度くらい……?」
「39度だと?」
正直に言ったら、ローが低い声をさらに低くしてムギの身体を反転させる。
向かい合わせになったローは、昨日と同じく威圧感たっぷりにムギを睨んだ。
「39度もあるやつが、ふらふら外を出歩くな。薬は? 病院へは行ったのか?」
怒られて、またもや尋問が再開する。
「病院へは、まだ……。薬も、家になくてー……。」
怖い、怖すぎる。
なぜこんなにも怒られている感じになるのだろう。
怒られる筋合いなんかないはずなのに、ムギは必死で言い訳を探してしまう。
「これから、これから薬を買いに行こうかと。あと、ご飯も……。」
「飯も食ってねェのか? おい、家の連中はなにをしている。」
なにを、と言われてもムギはひとり暮らしだから、頼るべき人間がいない。
でも、そんなことをローは知らないので、「家には誰もいないので」と適当に濁した。
「誰も? 何時に帰ってくる。」
「えぇっと、今日は……帰ってこないかなぁ。」
今日どころか明日も明後日も帰ってはこないけれど、嘘はついていないので良しとしよう。
するとなにを思ったのか、ローは少し黙り込むと、ムギの肩を抱いて歩き出す。
「ちょ、どこ行くんですか……?」
肩を抱くというよりも、むしろ押されている感じだが、男性と交際経験がないムギにはいろいろと刺激が強すぎる。
商店街を出たローは、大通りの道路に向けて手を上げると、一台のタクシーを停めた。