第1章 とにかくパンが好き
そのままそそくさと改札へ向かおうとした時、誰かがローの名前を呼ぶ。
「あの……ッ、ロー先輩……!」
背けたばかりの視線を戻してしまったのは、ほとんど反射的な行動だった。
見るとそこには、顔を真っ赤にさせた女子高生が立っており、震える手で一通の手紙を持っている。
「突然すみません! あの、私、ずっと前からロー先輩に憧れてて……それで、よければお友達になってくれませんか?」
ふわふわした巻き髪の女の子は、確か私立の女子高の生徒だ。
かなりのお嬢様学校だというのに、ローの人気はそこまで届いているのか。
ショートケーキを思わせる彼女は、儚げで可愛く、庇護欲をそそられるタイプの美人。
あんな子に告白されたのなら、男なら誰でも喜んで受け入れるのではないか。
じろじろ見るものではないとわかっていても、つい足を止めてしまったのは、それほど彼らが似合いのカップルになりそうだったから。
しかし、ムギはモテた試しがないから、イケメン男子の思考はわからない。
だってローは、勇気を振り絞って告白したであろう彼女を一瞥すると、吐き捨てるように言ったのだ。
「断る。」
たった一言だけ告げて歩みを進めるローに、ムギも彼女も唖然とした。
(いやいやいや、もっと他に言いようがあるでしょう!)
あれでは彼女が可哀想。
しかし、恋する女は強いようで、我に返った彼女は負けじとローに追い縋る。
「ロー先輩! じゃあせめて、手紙だけでも受け取ってください! 連絡先が書いてあるんです。だから、気が向いたら……!」
「いらねェよ、そんなもん。俺に気安く話し掛けるな。名前も呼ぶな。」
振り向きもせずに口を開いたローは、長すぎる足の歩幅を活かして、あっという間に去っていった。
可哀想な彼女は、手紙を握りしめて立ち尽くしている。
(……えー、性格悪ーい!)
一部始終を見てしまったムギは、ローへの好感度を底辺まで降下させた。
もともとたいした好感を抱いてはいないのだが。
この時ムギは、ローを悪人のように思ってしまったけれど、モテる男にはモテる男なりの苦労があると知ったのは、それからしばらくしてからのことだった。