第1章 とにかくパンが好き
学校が終わると、ムギは寄り道もせずにバイト先へ向かう。
普通電車にゆらゆら揺られてホームに降りると、もう片方の線路に到着した特急電車から、今朝見たばかりの青年が降りてくる。
(あー、あの人。なんだっけ、確か……ロー先輩?)
友人が先輩と言っていたから年上なのだろうが、何年生であるかは知らない。
ただ、やはり整った顔立ちだと改めて思った。
(足なっがいなぁ。本当に同じ人間なの?)
紺色のブレザーに、灰色のチェックズボン。
制服としてはありきたりな組み合わせなのに、彼が着るとモデルかなにかのように思えるから、凡人からすると不平等さを覚えてしまう。
同じ駅を利用しているならば、きっと近くに住んでいるのだろうけれど、高校入学と同時に引っ越してきたムギは、この辺の地理に疎い。
(あれだけ格好いいなら、中学でもモテたんだろうなぁ。やー、羨ましい。)
ムギだって思春期の女子らしく、誰かに好意を寄せてもらいたいなぁと思った経験くらいあるものの、とある出来事から同世代の男子に幻滅し、恋や交際に嫌気がさしてしまったのである。
本音ではたいして羨ましくもない眼差しを送っていたら、視線に気がついたのか、ローが不意にこちらを向いた。
「……。」
ムギを見つけたローは、不愉快そうに眉根を寄せると、黙ってムギを見つめ返した。
(え、なに、観察してたのがバレた?)
見ず知らずの女子から観察されていたら、そりゃあ不快だろう。
やましさからムギは視線を泳がせ、何事もなかったかのように顔を背けた。
ムギとローは知り合いでもなく、向こうからすれば名前も顔も知らないモブ女。
友人のことをミーハーだと思ったくせに、これではムギも同じだ。