第5章 見返りはパン以外で
発熱時には安静に……という常識は正しく、外に出たムギの体調はますます悪くなってくる。
それでも日頃バイトで鍛えた成果か、足もとが覚束なくなりながらも、ムギはバラティエにたどり着いた。
「……お疲れさま、です。」
3時をすぎたバラティエは、幸いにも空いていた。
こんな姿をお客様に曝したくなかったので、ムギにとってはちょうどいい。
「ムギちゃん!? え、今日は休みのはずだろ?」
レジにいたサンジが驚いて寄ってきたので、ムギは右手でマスクを押さえながら左手を突き出して、彼を制止させる。
「風邪が移るんで、近づかない方がいいです……。」
「心配しなくても、生まれてこの方、風邪なんか引いたことねぇから。」
なんだそれ、化け物か。
体力魔人のサンジならばあり得そうな話だけど、ツッコミを入れる力はない。
「ポップを……、持ってきただけなんで……。」
「ポップぅ? そんなもん、治ってからでいいだろ。」
「でも、約束だったから……。」
完成したポップを紙袋に入れ、サンジに渡す。
これで任務は終わったと思いきや、ムギの声を聞きつけたゼフが奥から顔を出した。
「ムギだと? おい、なんで病人が外を出歩いてんだ!」
「て、店長……。すみません、今日、お休みしちゃって……。」
「そんなこたぁ聞いてねぇんだよ! 病人なら病人らしく、布団被って寝とけ! 熱は下がったのか? 薬は飲んだのか? メシは食ったのか?」
矢継ぎ早に問われ、答える間もなく目を回しそうになる。
「今から買い物、行こうと思って……。」
「じゃあ、寄り道なんかしてねぇでさっさと帰れ、馬鹿野郎。」
口調は乱暴でも、ゼフの言葉には温かみがこもっていて、心が弱ったムギの胸によく響いた。