第5章 見返りはパン以外で
悪いことは、なぜこうも重なるのだろう。
リビングでパンを食べていたムギは、テーブルの上に置いてあったカードの数々を目にして「ひッ」と喉を鳴らした。
「ポップ……、出してなかった!」
ポップとは、商品の値段や紹介文を書いたカード状の販売促進ツールである。
多くのパン屋が手作りのポップを飾るように、バラティエでもポップを作成する。
しかし、もともとバラティエにはポップが存在せず、棚に値札が置いてあるだけだった。
バイトを始めたばかりのムギがポップを作りたいと言い出し、ゼフから勝手にしろと了承を得て飾り始め、早半年。
絵には自信がないムギだけど、スタンプやカラーペンを使えば、それなりに可愛いポップが完成する。
増税に伴い料金が変動するため、いくつかのポップを作り直す必要が出て、「月曜日までに持ってきます!」と宣言したのが先週の話。
昼休みにボニーにも手伝ってもらったそれは、約束の月曜日だというのに我が家のテーブルに鎮座している。
「……届けるか。」
ゼフたちはムギがポップを持っていかなくても、困りも怒りもしないだろうが、自分から月曜日に完成させると言った手前、約束はきちんと守りたい。
体調も管理できない上に、約束を守れないやつだと思われたくなかったのだ。
どうせこれから買い物に行こうと思っていたし、ついでにバラティエに寄るくらい大丈夫。
菌を撒き散らかさないためにマスクをつけたムギは、上着を羽織って外へ出掛けた。