第4章 注文はパンとレッサーパンダを
目の前で絶望の表情を浮かべる女を眺め、ローは満足げな笑みを浮かべた。
ムギを合コンにおびき出すのは、非常に簡単だった。
ローがなにかをしなくても、他の参加者が勝手に頑張ってくれる。
ローはただ、パイプ役だったシャチにムギが好みそうな餌の情報を提供しただけ。
まんまと餌につられてやってきたムギと、ようやく互いに自己紹介をしたのだ。
名前なんてとっくに知っているのに。
だがこれで、めでたく“他人”から“知り合い”に格上げになったわけだ。
「座れよ。」
「……はい。」
バイトを理由に帰ろうとしたムギを捕まえ、椅子に座るように促すと、彼女は疲れた表情で腰を下ろした。
さて、これからどうしてやろうか……とローは考える。
手を伸ばせば届く距離。
今まで散々翻弄されてきたツケを今、ムギに返す時だ。
掴んでいた腕を離して考えあぐねていたら、先にペンギンが口を開いた。
「ムギちゃんって、キャプテンと知り合いなんスか? あ、キャプテンってのは、うちのローさんのことなんスけど。」
思わず眉を顰めてしまったのは、シャチに続いてペンギンまでもがムギを“ちゃん付け”で呼んだからだ。
未だにローはムギの名前すら呼べていないのに、先を越されたように感じて気分が悪い。
「知り合いっていうほどじゃ……。えっと、その、いつも同じ駅を使うんで、顔と名前くらいは知ってました。有名ですし。」
ムギはバラティエのことを話さなかった。
プライベートな部分に触れられたくないのか、それともローに配慮したのかもしれない。
だが、それよりも、ローにとってはムギが以前から自分の名前を知っていた方に関心が向く。
誰もが自分の名前を知っていると思うほど、ローは自意識過剰ではない。
けれども、見知らぬ他校の生徒がローの名前を知っていることは多々あったから、ムギも知っているのでは……と前々から期待はしていたのだ。
ただ、悩むべきはローがムギに向けるほどの関心を彼女が抱いていないこと。
まあ、それもすぐに変えてみせるが。