第4章 注文はパンとレッサーパンダを
せっかく落ち着いたはずのムギの心は、再び嵐の如く荒れ始める。
(なんでこっちに来るの……!?)
気まぐれなのか、右隣の女子と喋りたいのかは知らないが、プリンの機嫌が急降下して怖い。
反対にローの隣を獲得した先輩は、頬を赤らめて距離を詰めようとする。
「あの、ローくん! ローくんって彼女とかいるの?」
もし彼女持ちだとしたら、最低の男だ。
ムギの中では合コン参加は浮気の部類に入る。
「いねェよ。」
良かった、いないらしい。
(……や、よかったというか、ロー先輩が最低野郎じゃなくてよかったなって意味で、うん。)
自分なりの解釈にふんふん納得してたら、なにやらしんと静かになる。
どうしたのかと思ってきょろりと見回すと、隣に座るローとばっちり目が合った。
(え……。)
テーブルに肘をついて頬杖をしたローは、右隣の女子を視界からフェードアウトするようにムギの方を見ていた。
行儀が悪い……じゃなくて。
(なに? ちょっと怖いんだけど。)
ローの視線が強すぎて怖い。
なんというか、獲物を狙う肉食獣のようだ。
「……美味いか?」
「は、はい。」
それは料理のことだよね? お前を頭からムシャムシャ食ってやるっていう意味じゃないよね? と馬鹿っぽいパニックを起こしていたら、刺々しい視線がぐさりとムギに突き刺さった。
視線の方向を見ると、プリンが悪鬼の表情でこちらを睨んでいた。
幻覚だろうか、プリンの目が三つに見える。
しかし、視線が交わった途端、プリンはにっこりと笑って言葉にせずに念波を送ってくる。
か え れ !!
了 解 で す !
視線だけで会話を成立させたムギは、わざとらしく頭を掻いて立ち上がった。
「あー、そうだ。わたし、これからバイトなんです。だから、そろそろ…――」
椅子の背もたれに掛けておいたバッグを取ろうと手を伸ばしたら、タトゥーだらけの大きな手がムギの手首をがしりと掴む。
ローに触れるのは初めてで、心臓が口から飛び出そうになった。
「バイト? バラティエは今日、定休日だろう。」
そう指摘された時、ムギは思った。
あ、詰んだ……と。
ローは最初から、ムギが誰かに気づいていたんだ。
本格的に、頭が痛い。