第1章 とにかくパンが好き
「ムギんとこのパン、美味いよなぁ。」
「でしょ?」
購買で調達してきたらしいパンを囓りながらボニーがしみじみ呟いたので、ムギは激しく同意した。
高校生になったらパン屋でバイトをするというのは、以前から決めていたことだけど、チェーン店より少し時給が安い今のパン屋に決めた理由は、パンの味に一目惚れをしたからだ。
「今、週に何日バイト入ってんの?」
「んー、だいたい六日くらいかな。」
「は? ほぼ毎日じゃん。そんなに金に困ってんの?」
「困ってるわけじゃないけど、できるだけ稼いでおきたいっていうか。」
両親を亡くしたムギではあるが、貧乏というわけではない。
二人の遺産があるから、世間的にはかなりの大金持ちの部類に入るだろう。
しかし、遺産は後見人である叔父が管理しているため、ムギが自由に使えるわけではないのだが。
「偉いなぁ。私なんか金遣いが荒くて親に怒られるけど、ひとり暮らしをしたらそんなふうな考え方になれんのかな。」
「んー、わたしはお金が好きなだけっていう理由もあるし。毎月、給与明細を開ける瞬間が幸せで堪らないの。あえて計算はしないでおいてさ、予想よりも多かったら小躍りしちゃう。」
「いや、わかんねーわ。」
ムギはとある事情から、ひとり暮らしをしている。
念のために言っておくが、後見人の叔父は変わり者ではあるが良い人だ。
遺産を使い込まれたり、奴隷の如く虐げられたりするような昼ドラ系の理由ではない。
高校の学費もマンションの家賃も、遺産とは別に叔父が出してくれているし、まったく頭が下がるばかりだ。
ただ、お金はいくら持っていても不要になるものではない。
将来家を買おうものなら呆気なく吹き飛ぶし、卒業後に就職しようと思っても、学も資格もない学生が就ける職など、手取り幾ばくもない安月給の企業ばかり。
悟り世代なんてよく言うけれど、ムギも漏れなく将来への不安は多く、稼げるうちに貯蓄しておきたいというのがムギの計画。
両親の遺産は、一円たりとも無駄にしたくない。
ちなみに、将来誰かと結婚して、養ってもらおうという考えは微塵も抱いていなかった。