第4章 注文はパンとレッサーパンダを
急に頭が痛くなったムギは、親指と人差し指で眉間を押さえ、さも善い行いをしたと思っているサンジに尋ねた。
「それ、どこまで言ったんですか?」
「え、全部だけど。」
「全部……!?」
ということは、ムギが彼のパン嫌いを把握していたと知ったローは、微塵も勘違いなどしていないのに、身に覚えのない忠告を受けたことになる。
ムギは確かに、毎日せっせと試食を勧めた。
ローはきっと心の中で、パンは嫌いなのに勧められても……と困っていただろう。
ローに少しでもパンを好きになってもらえればと起こしたムギの自己満足は、彼にとってはただの嫌がらせにすぎない。
それも、ローのパン嫌いを知っていたのなら、なおさら。
「あー……。」
「どうしたの、ムギちゃん。」
「……あのですね、サンジさん。わたし程度のやつが優しくしたからって、勘違いする人なんてごく一部の引きこもりくらいなんですよ。」
「そんなことねぇって、ムギちゃんは可愛いんだから!」
そりゃ、サンジからすれば、すべての女性が可愛く見えるだろうけれど。
「ちなみにそれ、いつの話ですか?」
「いつだったかなぁ。あ、ほら、ムギちゃんがあいつにラスク渡した日。」
話を聞くと、ローはあの日の夕方、バラティエを訪れたらしい。
「なにか買っていきました?」
「いや、なにも。」
「なーんだ。」
てっきりラスクを気に入ってくれたのかと思ったのに、そういうわけでもないらしい。
ラスクの感想は、結局聞けず仕舞いである。
こうなってしまうと、サンジの発言によってムギに悪い印象を抱いたローは、接客以外でムギと関わりたくはないだろう。
せっかくローにパンを食べてもらえたのに……。
「……ま、いっか。」
ムギの切り替えは、早かった。
もともとローは雲の上の人。
店員と客以上の関係など望んでいないし、望んだとしても叶うはずもない高嶺の花。
高嶺の花は、眺めるくらいがちょうどいい。