第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
思わず受け取ってしまったラスクを手に、ローはイートインコーナーの椅子に座った。
パン嫌いなローも、ラスクくらいは知っている。
しかし、どこから見てもパンの加工品であるそれを口にしたことはなかった。
というか、そもそもガーリックラスクという時点で、これから学校へ行こうとしている人間に渡すべきものなのか。
すぐに食べなくてもいいのだろうが、受け取った手前、一欠片だけでも口にした方がいい気がする。
タイラップを捻って封を開けると、食欲をそそるガーリックの香りがふわりと漂う。
薄いラスクを指で摘まんで力を入れたら、サクサクのラスクはいとも簡単に割れた。
初めて食べるそれを口に入れて咀嚼する。
水分が抜けたラスクはパンには違いないけれど、ローが苦手なモソモソ感がなく、バジルとガーリック、それから香ばしい小麦の香りが広がった。
(……美味い。)
加工品とはいえ、パンを美味いと感じる日がくるなんて信じられない。
これならば茶菓子として食べられそうだと思いコーヒーを飲んでみたら、思いのほか相性が良かった。
あっという間に割った一枚のラスクを食べ終え、もう一枚取り出そうとしたところで、これから登校するのだと思い出す。
開けた袋をタイラップで再び閉め、残りは鞄の中へしまった。
代わりに本を取り出して、ブックマーカーを挟んだページを開く前に、ムギの様子を窺い見た。
仕事に戻ったムギはいつにもまして機嫌良く動き回り、浮かべる笑みも晴れやかだ。
ムギがなぜこうもローにパンを勧めてきたのかは不明だが、彼女の行動はただ客に対する態度に思えず、もしかしたら好意を向けているのかと期待した。
7時半を回ると、ムギが退勤時間を迎えて奥の更衣室に消えていく。
それを見届けてから、ローも間もなく席を立った。
駅を目指す足取りは軽い。
ホームで待っていれば、バイトを終えたムギがやってくるはずだ。
電車内でのすれ違いざま、今日の彼女はどういう顔をするのだろうか。
頬を赤らめたり、微笑んだりするのかもしれない。
これまで寄ってきた女の反応を参考にして想像してみたが、現実とは常に世知辛いもの。
ローの期待とは反対に、駅で電車を待つ彼女は、ローのことなど見もしなかったのだ。
まるで、興味が失せてしまったかのように。