第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
試食を断り続ける日が何度も続いたあと、その日はやってきた。
この日は、連日続いていたようには試食を勧められなかった。
代わりに、ムギは透明な袋に入ったラスクを渡してきたのだ。
「これなんですけど、よかったら試してもらえませんか?」
「あ?」
明らかに試食とは違うラスクを渡され、ローは困惑する。
バラティエの品を見て回ってはいないけれど、綺麗に包装されたそれは売り物だろう。
「うちのラスク、美味しいんです。特にガーリック味はポリポリ止まらなくて、やみつきになること間違いないですよ!」
あいかわらず、パンの話をしている時のムギは輝かんばかりの笑みを浮かべている。
この笑顔を見てしまうと、いつも自分に向けられている笑みが作られた表情なのだと痛感してしまう。
本当の笑みを向けるムギを見つめていたら、我に返ったムギが急に黙った。
ローが無反応なせいで、気分を害したと勘違いしたのだろう。
「あー……、あの、えっとですね。この袋には乾燥剤が入っているので、もしいらなかったらお友達にでも…――」
迷惑なのだと感じだムギは、渡そうとしたラスクを引っ込めかけた。
だからつい、奪うようにラスクを掴んだ。
今ムギを拒絶したら、彼女はもう二度と自分に試食を勧めない――話し掛けてこないのだろうと感じたから。
「……貰っておく。」
「ありがとう、ございます。」
勧めておきながらローが受け取るとは思わなかったのか、ムギはまん丸の目をさらに丸くしてお礼を言った。
ありがとうと言うべきは、ローの方だったのに。
最後に向けられた笑顔は、これまで見たどの笑顔よりも嬉しそうで、ラスクを手にしたまま思考が止まった。