第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
これは店の方針なのだろうか。
一度試食を勧めてきたムギは、凝りもせずにローへパンを勧める。
毎日毎日飽きもせずに、これはなんだ、あれはなんだと言って「試食はいかがですか?」と笑うのだ。
ムギはきっと、ローがパン嫌いだと知らない。
そうでなければしつこく勧めてくるはずがないし、考えてみれば、パン屋に通っておいてパンが嫌いなど、なかなか難しい発想だ。
一生懸命パンを勧められるたびに、ローは試食を断った。
ローが試食を断ると、時折ムギが残念そうに眉尻を下げる。
その顔を見たら、ローの胸に罪悪感が生まれてしまう。
女に対して罪悪感など、今まで一度たりとも抱いた経験がないのに。
好意を寄せられやすいローは、よく見知らぬ女から贈り物を押しつけられる。
直接渡されることもあれば、ロッカーや机に勝手に置いていかれることもあった。
はっきり言って、気色悪い。
アクセサリーや服などもそうだが、特に手作りの菓子などは吐き気がするほど嫌だった。
女たちとムギとでは、目的も意図も違う。
しかし、こうも毎回断っていれば、ローが試食を必要としていないとわかりそうなものである。
一方で、試食が迷惑なのであれば、こちらから「パンが嫌いだ」と言ってしまえばいいと思う自分もいた。
そうすれば、二度と試食を勧められることもないだろう。
だけどローは、ムギに自分がパン嫌いであると知られたくなかった。
もし知られたら、彼女はなにを思うのだろう。
己が愛するものを嫌うローを、どんなふうに思うのだろう。
女になんて、どう思われても構わないと考えていたはずなのに、ムギにだけは、同じように接せなかった。