第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
バラティエに通い始め、一週間が経った頃だった。
毎朝同じ時間にバラティエを訪れたローは、その日もパンに目もくれず、レジへと直行した。
ムギはローが店に入ると、それまでしていた作業を中断してレジへ向かう。
いつもコーヒーを購入する客だと覚えているようで、それが小さな喜びを生む。
「コーヒーを。」
「ありがとうございます。150円です。」
今日もぴったり二枚の硬貨を出せば、コーヒー用のペーパーカップを差し出してくれる。
ムギとの交流はこれでお終いだ。
少なくとも、昨日までは。
「お客様、こちら、本日のお勧めのパンなんです。よかったら、ご試食いかがですか?」
突然ムギが朗らかに笑って、レジ横にある試食のパンを勧めてきた。
彼女と注文以外の会話をしたのはこれが初めてで、らしくもなく戸惑った。
戸惑ったのは、ムギから話し掛けられたせいか、それともパンを勧められたせいか。
どちらにしてもローはパンが食べられないので、首を横に振って断った。
「……いや、いい。」
「そうですか、ありがとうございます。」
彼女としては、これも仕事の一環なのだろう。
気にした様子もなく頭を下げたムギは、レジにお金をしまうと、また商品の陳列へと戻っていった。
勧められたパンは、別にムギが作ったものではない。
商品の購入を促すために提供されている品で、食べるも断るも客の自由なはずだ。
ムギは悲しんだわけではない。
それなのに、やけに後味の悪さを感じながらローはコーヒーを一口啜った。