第1章 とにかくパンが好き
友人の失言にぷりぷり怒りながら、ムギはスクールバッグの中からペーパーに包まれたサンドイッチを取り出す。
「ちょっとムギ、また家で朝ごはん食べてこなかったの?」
「食べたけど、バイトだったの。ひと働きしたあとはお腹が減るんだよ。」
「……登校前にバイトしてる子なんて、あんたくらいなもんだよ。」
「パン屋は朝が早いからね。うちの店は人手足りないし、しょうがないの。」
それに、早朝バイトは時給が高い……というのは口に出さないでおいた。
どうせまた、変人を見るような目を向けられるだろうから。
「バイト先変えたら? そこのパン屋さん、家からちょっと遠いんでしょ? 駅前のコンビニとかにすればいいのに。」
「やだ。パン屋じゃなきゃ意味ない。」
「なんで?」
「だって、パン屋だよ? 売れ残りとか貰えちゃうんだよ? お金も貰えてパンも貰えるって、神待遇すぎると思わない?」
「ごめん、わからない。」
これほどまでに素敵な職場なのに、友人はわかってくれない。
人の感性はそれぞれだと諦め、取り出したベーグルサンドに齧りつく。
「今日のパン、豪華だね。」
「うん。店長が好きな具を挟んでいいって言ってくれたから。」
シャキシャキのオニオンスライスにスモークサーモン、それからクリームチーズの組み合わせは朝からテンションが上がる。
もむもむと咀嚼していたら、ホームに特急電車が到着した。
ムギたちは各駅停車の普通電車を待っているから、混雑気味の電車を乗り過ごす。
件のハート高校は特急電車を利用して通学するため、例のイケメンは本を閉じて電車に乗り込む。
プシューと音を立ててドアが閉まり、電車はゆっくり走り出した。
動く電車を何気なく眺めていたら、すれ違いざまにドアに寄り掛かって立つ彼と目が合った気がする。
「……。」
切れ長の目、筋が通った鼻、薄い唇。
目の下の隈は色濃いが、かえって美貌を引き立てている。
なるほど。
確かに格好いい。