第1章 とにかくパンが好き
「ねえ、あそこにいるの、ハート高校のロー先輩じゃない?」
駅のホームでこそこそっと囁きかけてきた友人に、ムギは視線を上げる。
山吹色のスカートが風に吹かれてふわりと揺れた。
「ハート高校? って、あの有名な進学校?」
「そうそう、ハート大学附属のところ。あの人、学年で首席のロー先輩だよ。」
「へぇー。」
イケメン好きでミーハーな友人に対し、ムギは素っ気ない返事をした。
「あいかわらず興味なさそうな反応。ムギ、格好いいと思わないの?」
「ううん、格好いいと思う。」
ホームで本を片手に電車を待っている彼は、本当に高校生かと首を傾げたくなるくらい身長が高く、それでいて端整な顔立ちをしている。
ムギたちの他にも周囲には色めき立つ女子が大勢いるし、人気の理由もよくわかった。
が、しかし、いい男は目の保養になっても腹の足しにはならないのだ。
「わたしがアイドル事務所の社長なら、今すぐあの人に声を掛けてスカウトするけど、わたしはアイドル事務所の社長じゃないからね。」
「え、ごめん。意味わかんない。」
「だから、どんなに格好よくても、わたしには一円の得にもならないなぁって言ってるの。」
「出た、ムギの守銭奴。」
「失礼な。わたしは節約家だけどケチじゃないよ。」
ムギは自他共に認める、お金大好き人間である。
しかし誤解しないでほしいのだが、決してケチというわけではない。
友達と外食した際には一円単位で割り勘するようなセコい真似はしないし、誕生日プレゼントだってそれなりに価値のあるものを贈る。
ただ言うなれば、貯まっていく貯金の額を見てにまにましたり、500円玉貯金をしている貯金箱の中身を夜な夜な出して数えることに最高の喜びを感じているだけ。
まあ、一種の性癖だ。