第8章 激動のパンフェスティバル
会計中、レジ前に置いたデジタル時計をちらりと見ると、フェスが始まってからたったの1時間しか経過していなかった事実に戦慄した。
1時間。
これがたったの1時間。
フェスの終わりは17時なので、つまりはあと6時間。
それも、ピークである昼時はこれから。
泡を吹いて倒れそうだ。
でも倒れたら最後、バラティエのパンフェス参戦は失敗に終わってしまう。
それだけはなんとしてでも回避したくて踏ん張るけれど、自分を追いつめれば追いつめるほど、余裕がなくなっていく。
「あのー、頼んだパンはまだですか?」
「す、すみません、すぐお持ちします!」
背後ではムギよりも仕事が早いサンジが次々とオーダーされたパンを運んできていて、それがまた焦る。
ギンの代わりに連れてきてもらったのだから、ギンの代わりになるくらいの働きをしなくちゃいけないのに。
「すみませーん、注文いいですか?」
「ねぇ、頼んだパンまだ?」
「はい、少々お待ちください! あぁ、ええっと……!」
まずは出来上がったパンを渡すのが先だ。
ああ、でも注文のお客様もずいぶん待たせていて。
それよりあのお客様が注文したパンの種類は。
あれもこれも優先すべきことが多すぎて、脳みそが思うように動いてくれない。
今だけでいいから分身の術とか修得できたりしないだろうか。
なんて、現実逃避に近い願いを念じてしまった時、救世主が現れた。
「受け渡しは俺がやる。お前はレジに行け。」
「え……?」
ぽんと肩を押され、振り返る。
ああそうだ、注文を取りに行かなくちゃ……と思って前を向き、そしてまた振り返った。
二度見だ、二度見した。
なぜなら、ここにいるはずのない人物がここにいるから。
「……えッ、ロー!? な、ななな、なんでここに!?」
「いいからレジに行け。客が待ってんぞ。」
「はッ、そうだった!」
我に返ってレジに向かうものの、そこでまた我に返る。
(いや、なんでいるの!?)
ここは東京でも神奈川でも千葉でも埼玉でもなく、長野県軽井沢である。