第8章 激動のパンフェスティバル
ローの中でパン屋といえば、毎朝横目で眺めるムギそのものだ。
挨拶をし、品出しをし、荷運びをし、レジ打ちし、忙しそうではあるけれど従業員同士で時折楽しそうに会話をする。
だからなんとなく、パンフェスもそんなようなものだと思っていた。
自分が知らない地で、可愛い彼女がいけ好かない男と楽しくパンを売る。
しかも、泊まりで。
ところが現実はどうだ。
客足が絶えない店の中で、ムギがせわしなく動いている。
調理以外のすべての業務を担っているものだから、くるくるくる、くるくるくる、あれは完全に目を回しているだろう。
ならば調理しか担当していないサンジはどうかといえば、これまた忙しそうに動く。
表面をカリッと熱した食パンが次から次へと焼き上がり、それを盛り付け、ホイップバターを指示通りトッピングし、ムギに渡しては新たなパンをカットしてオーブンへ入れる。
こちらはムギとは違って目を回してはいないが、流れるような動きが目で追えないほど素早く働いている。
こんな状況を目の当たりにしたら、間違っても「俺に黙ってフェスティバルに来やがって」なんて言えない。
嫉妬深いと自覚するローにそれを言わせないほど、彼女たちは忙しそうだ。
「はあ、おっそ! あの店員、いつまで待たせるの?」
「ていうか、店員の人数足りなくない? ヤル気あんのかな。」
行列に並んでいた若い女性客が、ため息をつきながら文句を言う。
それに反応したのは、ローではなく隣にいたプリン。
「なによ、ムギが一生懸命やってるのは見ればわかるじゃない。それを、あんな……ッ。」
女性客には届かない声量で言い返したが、これについては向こうが間違いとは言いきれない。
いくら店員が頑張って働いていても待たされている客には関係なく、要領が悪ければ文句くらい言いたくなるだろう。
その気持ちはプリンだってわかるはず。
しかも車中では散々悪態をついていたのに、いざムギを見たら完全に彼女の味方になるところがおかしい。
とはいえ、ムギが悪く言われるのはローだって気にくわない。
気にくわないから、行動に出ることにする。
目を回して今にも倒れそうなムギのもとへ、一歩踏み出した。