第8章 激動のパンフェスティバル
天から使わされたムギの分身――ではなく彼氏は、客が待つ受け取りカウンターの前に立った。
それを視界の端で捉えながら、ふと気がつく。
彼はいったい、どうやって客にパンを渡すつもりなのだろう。
ムギからサンジへの伝達は、ミスを防ぐために口頭ではなくメモを使って行われる。
調理用のテーブルにトッピングの種類を書いたポストイットを貼り、それを見たサンジが完成したトーストと一緒に返すという原始的な方法。
注文漏れがないようにと思って決めた手順だが、致命的な欠点がひとつ。
客に渡す札などを用意しなかった点だ。
そのため客への受け渡しはムギの記憶だけが頼りなのである。
当然、どの客がなにを頼んだのかをローは知らない。
助け船を出そうと、ローの前にいる客の注文を伝えようとしたが、想定外の状況に疲弊しすぎた頭が機能しない。
(どうしよう。せっかく助けてもらっても、このままじゃ……!)
とか思っていたら。
「注文したものはなんだ?」
この男、普通に聞いた。
聞かれた女性客はというと、急に現れた長身な店員に驚いたものの、頬を赤らめながら素直に答えた。
「あ、ホイップバターとハニーバターです……!」
「これか、毎度どうも。そっちは? 注文はなんだ。」
敬語を使え、敬語を。
尋ねられた男性客はさすがに頬を染めたりしなかったが、顔面偏差値の高さに謎に圧され、これまた素直に答える。
「ガーリックを二つ、です。」
「これだな、毎度どうも。」
敬語も使えず、にこりとも笑わない。
この男、接客には確実に向いていない。
向いていないというのに、なぜか客は嬉しそうだ。
(これだから、顔の良いやつは……!)
イケメンだからって、すべてが許されると思うなよ!と、助けにきてくれたはずのローに僻みをぶつけながら、ムギは受注に専念した。