第8章 激動のパンフェスティバル
(圧倒的に人手が足りない……!)
はっきり言って、見通しが甘かったと言わざるを得ない。
数多のパン屋が出店するこのパンフェスで、まさかこれほどの客が押し寄せるとはムギもサンジも予想していなかった。
以前にも言ったが、町のパン屋バラティエは口コミがあまりよろしくない。
パンの味は最高なのに、いかんせん店員の愛想が一部悪いせいで。
時折、パンの美味しさを知ったメディアが取材したいと連絡してくることもあるが、そういう類いが嫌いなゼフがばっさり断っている。
だからと言うべきなのか、バラティエには行列ができることはないし、イートインコーナーの椅子が満席になるのも少ない。
日頃ちゃきちゃき働いてはいるムギだったが、こんな目が回るほどに忙しく、息をつく暇すらない販売は初めてだった。
(ちょ、無理。オーダーが覚えきれない。)
パンに関することなら物覚えが良いムギでも、立て続けに入るオーダーとそれを頼んだ人の顔、さらには商品の合計金額の計算とおつりの計算、それらを同時にこなすには脳みそのキャパが足りなすぎた。
恐らくサンジであればムギよりもスムーズにできるだろうが、彼は彼でひっきりなしに注文が入るパンの調理で手が離せない。
ちなみにサンジはただのパン職人ではなく、調理師と食品衛生管理者、それから栄養士の資格を持っているそうだ。
なんだかめちゃくちゃ尊敬した。
それはそうと、目が回る。
営業スマイルをずっと維持しているせいで頬の筋肉が攣りそうだし、電卓を叩く指が震えてきた。
(あぁ~、猫の手も借りたい!!)
誰でも知っているであろうことわざを、人生で初めて使った。
お客の顔とお金とパン。
それにのみ注意力を向けていたムギは周囲の景色をまったく見ておらず、自分に向けられる視線にも気づかない。
今にも限界を迎えそうなムギに猫の手が差し出されるまで、あと数分。
もっとも、差し出される手は猫は猫でも大型ネコ科の手ではあるが。