第8章 激動のパンフェスティバル
そんなやり取りを露ほども知らないムギは、いつもの如くケータイをバッグの底にしまい込み、サンジと共にパンフェスの準備に追われていた。
主催者への挨拶を済ませ、テントを張り、テーブルをセットして会計の準備をする。
バラティエでしかバイト経験がないムギは、こういった仕事が初めてではあったが、周囲の参加者が優しく教えてくれた幸運もあって順調に事を進めた。
「サンジさん、準備できました!」
「ありがとな、ムギちゃん。こっちも問題なく終わったよ。」
現地でレンタルした移動式のオーブン。
プロパンガスと繋いで調子を確かめていたサンジが、爽やかな笑みを向ける。
「これ、試しに焼いたやつ。朝メシ代わりに食べてくれ。」
「やった! いただきます!」
ムシャァという擬音が聞こえそうな勢いで、熱々のパンにかぶりつく。
「お嬢ちゃん、美味そうに食べるねぇ。よければうちのパンもどうぞ。」
「じゃあ、ご挨拶代わりにうちのパンも。」
両隣の出店者が、それぞれ売り物のパンをくれた。
手作りブルーベリージャムを贅沢に練り込んだツイストパンと、半熟卵入りの蕩けるカレーパン。
「えッ、いいんですか? お金、お金払いますよ!」
「いいっていいって。バラティエさん、二人で回すつもりなんだろ? ちゃんと食べて力つけておかないと、一日もたないぞ。」
ニカッと笑うおっちゃんの歯が白い。
太い腕で美味しいパンを生み出す職人は、心だけでなく歯までも清らかだ。
「え、ここは天国……?」
あちらこちらから、パンが焼ける匂いがする。
見たことのないパン屋、見たことのないパン。
ここはまさしく、ムギにとっての聖地だった。