第8章 激動のパンフェスティバル
バラティエの開店時間は朝6時。
5時を少し過ぎた現在、店のシャッターは閉じたままだ。
Closedの看板がかかる正面を無視し、脇道に構えた勝手口の前にローは立った。
バラティエが営業時間前であっても、店内ではムギを含めた従業員がせわしなく働いていると知っている。
開店前の1時間がどれだけ戦争なのかは、関係者ですらないローにもよくわかる。
よくわかるが、それを考慮した上で勝手口の扉を叩いた。
あの意味不明なメールが単なる間違いか冗談であれば良い。
突然訪ねてきたローに怒るであろうムギに謝って、杞憂であったと安心して家に帰るだけ。
だがなぜだろう。
今ローが抱える不安は、的中する予感しかしない。
「……はい?」
ノックに応じて勝手口から顔を出したのは、ムギでもサンジでもゼフでもなく、あまり顔を見ない女性社員。
「あら? あなた、ムギちゃんの彼氏の……ローくんだったかしら?」
ローがレイジュの名前を知らないのとは反対に、レイジュの方はしっかりローを把握していた。
「どうしたの、こんな時間に。」
「忙しい時間に悪いな。ムギはいるか?」
もしいるなら、それだけでよかった。
呼び出してもらわなくても、顔を見られなくてもいい。
ここにいるだけで安心できたのだが。
「え、ムギちゃん? ムギちゃんなら、今日の深夜から軽井沢のフェスティバルに向かってもらっているけど。」
「………それの参加は、グル眉と新入りのやつじゃなかったのか?」
「その新入り、ギンが怪我をしちゃって。代わりにムギちゃんがサンジと出店することになったの。聞いてなかった?」
まったく聞いていない。
昨夜はいつもどおりに別れ、そして最初にきたメールがあれだ。
「急なお願いだったから、慌てていたのかもしれないわね。ごめんなさい、うちの都合なの。怒らないであげて。」
「……フェスティバルの開催場所は?」
「行くつもりなの?」
無論、行くつもりだ。
世話焼きだ過保護だ心配性だと言われても、男と二人で旅行だなんて許容できるはずもない。
そこに例え仕事が絡んでいたとしても、ムギは社会常識が欠如した愚か者なのだから。