第8章 激動のパンフェスティバル
拝啓
師走の候、皆様におかれましては、ますますご清祥のことと心よりお喜び申し上げます。
平素は格別のご厚情を賜り、厚く感謝いたしております。
さて、私事ではありますが、本社のアクシデントにより急遽軽井沢へ一泊二日間、転勤することになりました。
本来であれば伺って直接ご挨拶するべきところですが、急な辞令のためメールにて失礼いたします。
今後とも変わらぬご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
敬具
「………は?」
朝一番、目を覚まして開いたメールの内容がこれだ。
この理解不能なメールの送り主は怪しさ満載のフィッシング詐欺会社でも、無駄に頻度が多いメルマガでもなく、ローの彼女だ。
時刻は朝5時。
ムギは今頃、バラティエで働き始めているはず。
寝起きで回りきらない頭を軽く掻き、送られてきたメールを頭から読み直す。
まず、今は師走ではなく霜月である。
いきなり12月にタイムスリップした理由は、十中八九師走の意味を知らなかったに違いない。
ロー個人に送るメールに“皆様”とか言っている点も気づいちゃいないだろう。
なぞなぞのような間違いはさておき、重要なのは本題である。
本社のアクシデントにより軽井沢へ一泊二日の転勤……転勤?
学生でありバラティエの社員ですらないムギに、転勤の辞令などおりはしない――そうじゃなくて。
一泊二日の仕事はただの出張であって、転勤とは呼ばない――そうじゃなくて。
「一泊二日、軽井沢……?」
口にしてみて、ものすごい嫌な予感がした。
とりあえず画面を切り替え電話をかけてみるものの、コール音ばかりが続いて出る気配はない。
発信したまますぐさま着替えを済ましたローは、ボディバッグに財布と鍵を詰めて家を出た。
バラティエまでは交通ルールを守ってバイクを走らせるよりも長い足を使って駆けた方が早く、パルクールさながらの動きでものの2分後に到着した。