第8章 激動のパンフェスティバル
目的地に到着するまでに、いくつかのサービスエリアに寄った。
車移動と無縁なムギは詳しくなかったが、サービスエリアとはある意味娯楽施設である。
イートインコーナーでは名物料理が提供され、土産物売り場でもまた然り。
エリア内の一画では地元で採れた新鮮野菜が販売され、素晴らしい景色が見下ろせる高台まである。
しかし残念ながら、ムギたちがサービスエリアに寄った時間は夜明け前であり、ほとんどの店舗はシャッターが下りていた。
サービスエリアの見所でもあるベーカリーのシャッターが固く閉ざされていたのを見て、ムギが膝から崩れ落ちたことは言うまでもない。
「落ち込まないでくれよ、ムギちゃん! 帰り、そう、帰りは絶対開いてるからさ、お土産に買って帰ろうな?」
うなだれて言葉を失うムギに、サンジはどこまでも優しい。
例えば、「今から俺ら、パンフェス行くんだぜ?」なんてにべもないことは言わない。
ついでに、下りと上りのサービスエリアでは店舗や品揃えが異なるなんて余計なことも言わない。
サンジは優しい男なのだ、女性限定で。
恋人にフラれたような面持ちで車内から都会より美しい星空を眺め、コバルトブルーの空が徐々に淡く明るくなってきた頃、ムギたちは目的地である軽井沢に到着した。
「空気がうまーーい!」
会場となる広場の一歩手前のコンビニで、サンジに奢ってもらったコーヒー片手にムギは叫ぶ。
セレブに人気な別荘地というイメージが強かった軽井沢は、自然豊かで空気が美味しい素晴らしい地であった。
「観光する余裕がなくてごめんな。そうだ、次は仕事抜きで遊びに来ようか!」
「いえいえ、そんな。わたしはパンフェスだけでお腹いっぱいなんで!」
観光に興味がないわけではないが、純粋に遊びにきたとしても、軽井沢のベーカリー巡りで終わりそうな気がする。
「あいかわらず冷たいムギちゃんも可愛いね……って、そういえば、アイツは大丈夫だった?」
「……アイツ?」
突然話が飛んで、きょとんと首を傾げる。
「アイツだよ、ほら、うちの常連。コーヒー限定の。付き合って……ぐっ……ダメだ、認めらんねぇ!!」
――からん。
言葉に苦しむサンジの前で、ムギの手から空っぽのコーヒーカップが落ちた。