第8章 激動のパンフェスティバル
サンジがムギを迎えに来たのは、午前2時。
仮眠を取る時間はほとんどなかったが、現地への道のりは3時間強かかるので、妥当な時刻だと言えよう。
マンションの下に車を寄せたサンジは、この日のためにハイエースをレンタルしていた。
フェス用のパンは現地で焼くのではなく、店から運ぶ仕様である。
「ごめんなさい。迎えに来てもらったのに、準備も手伝えなくて。」
「謝らないでくれよ、ムギちゃん! むしろ、謝らなくちゃいけないのは俺らの方なんだから。ほんと……、無理言ってごめんな。助かったよ。」
通常の土曜日分とは別にフェス用のパンを多量に用意しなくてはならないのだ、サンジたちこそ仮眠どころではなかっただろう。
だというのに、眠気どころか疲労の色すらサンジは一切見せずにハンドルを握る。
「ムギちゃん、寝ていていいよ。大丈夫、俺けっこう安全運転だから。トイレとか寄りたくなったら教えて。」
「運転してくれている人の隣で寝られませんよ。」
「気にしなくていいって。あ、それともムギちゃん、俺とお喋りしたいの? それならそうと言ってよ。ムギちゃんとのお喋りなら、いつでもどこでも大歓迎なんだからさ!」
「あ、すみません。やっぱり寝ますね。」
流れるような軽口は、たぶんサンジの優しさだ。
これから長い道のりを運転するサンジの横で眠りにつきたくはなかったが、代わり映えしない高速道路を走るうちに微睡み、気がつけば夢の中へと旅立ってしまっていた。
夢の中でもムギの頭を占めるのはパンフェスへの憧れと希望だけで、一番気にしなくてはならない点をすっかり忘れていた。
それを思い出したのは、時間的にも距離的にも、もはや手遅れとなった頃である。