第8章 激動のパンフェスティバル
腕は、パン職人の命。
いや、パン職人でなくても、すべての職人の命と言えるのではないだろうか。
微細な技術を生み成すのも、美味しいパンを焼き上げるのも、すべては職人の腕があってこそ。
その腕を負傷したとあっては、一大事だと言わざるを得ない。
「ギンさん、大丈夫なんですか!? どこの病院です? わたし、すぐに行きます!」
『もう、ムギちゃんったら……。大丈夫だって言ったでしょ? ギンは病院から帰ってきてるし、安静にすればすぐに治るってお医者様が言っていたわ。』
「そう、ですか。なら、よかったんですけど……。」
店の一大事に不在にしていた自分が情けない。
バイトの身は、こういう時に役立たずで困る。
心配したり、落ち込んだりと忙しかったムギは、すぐそこに迫っている重大な問題を忘れていた。
そう、レイジュに指摘されるまでは。
『えぇっと……、それでね? 明日のことなんだけど……。』
「明日?」
明日、なにかあっただろうか。
ムギは元からフルタイムで出動予定だし、怪我をしたギンはシフトに入っていない。
なぜなら、彼は……。
「ああッ、パンフェス……!!」
『そう、そうなの。明日ギンは軽井沢に行く予定で。でも、あの腕じゃ仕事にならなさそうだし。本人は行くって言うんだけどね。』
「ダメですよ! お医者さんに安静にしてろって言われたんですよね? 骨が変なところにくっついたら大変!」
『うん、私たちも行かせるつもりはないわ。ただ、そうなると人手がどうしても足りなくて。……ムギちゃん、無理、よね?』
頭の悪いムギは、レイジュになにを頼まれているのか理解に時間が掛かった。
言葉をひとつひとつ噛み砕き、そして、ようやく事態を飲み込んだ。
「え……ッ、もしかしてわたし、パンフェスに行けるんですか!?」
『行けるというか、むしろお願いできたら……。』
「行きます!!」
行きたい、行かせてくれ。
例え仕事だとしても、日本各地から集まるパンの聖典に参加できるのなら、お金を払ってでも行きたい。
だからムギは、即答で返事をした。