第8章 激動のパンフェスティバル
『もしもし、ムギちゃん? こんな時間にごめんなさいね。』
ムギに電話を掛けてきた相手は、レイジュだった。
業務連絡のため、たまにメールこそすれど、レイジュがムギに電話を掛けてくるのは非常に珍しい。
何事かと思って姿勢を正す。
「全然大丈夫ですよ。どうしたんですか? なにかあったんです?」
『ええ。実は……、ちょっとね。』
ムギの勘もたまには当たる。
しかし、ムギの勘が当たるのは、だいたいにして悪い事態の時ばかり。
『店の片付けをしている時に、倉庫の棚が壊れちゃったの。ほら、そろそろ買い換えなくちゃって言っていたやつ。』
「ええッ? あの棚、ついに壊れちゃったんですか。中に入ってたものは大丈夫でした? わたし、片付け手伝いましょうか?」
『ううん、それは大丈夫。倒れる前にギンが支えてくれたから。』
倒れる、とは。
てっきり底が抜けた程度の破損かと思っていたが、予想を上回る惨事だったらしい。
中身を床にぶちまける前に対処できたなら、それはよかった。
飲食物を扱う店にとって衛生管理は基本中の基本。
食材がゴミ袋行きにならなかったのは、バラティエにとっても貧乏性のムギにとっても幸運だ。
ただ、ラッキーで済むのなら、レイジュはムギに電話など掛けてこない。
『それでね、損失はそんなになかったし、棚も買い換えればいいだけなんだけど……。困ったことに、ギンの腕、骨にヒビが入っちゃったみたなの。』
「うえぇ!?」
ムギの想像では、倒れかけた棚をギンがガシッと受け止めたイメージだったが、考えてみれば件の棚は大きく重い。
どうやらギンは、自らの腕を犠牲にして棚を支えたようだった。