第8章 激動のパンフェスティバル
昔から、金曜日の夜というのは特別なものと相場が決まっている。
花の金曜日とも呼ぶし、人気の映画が地上波で放映されるのも金曜日。
ついでに、穴だらけの仮面をつけた殺人鬼が現れるのも13日の金曜日。
もちろん、毎週毎週なにかが起きるわけではないし、大多数の人が平穏な夜を過ごしている。
ただ、たまたまムギを巻き込んだ事件が、金曜日の夜に勃発しただけの話。
月に何日か休みを増やしてもらったムギだったが、金曜日は夕方からずっとバイトだった。
バイト終わりにローが迎えに来るのも日常と化していて、どこからか虫の声が聞こえてくる夜道を一緒に歩いて帰った。
次の日が休みとあって、ローはムギの家に泊まりたそうな素振りを見せたが、土曜日は朝からバイトに向かわなければならないので、スパッと断る。
送ってもらったのに悪いな……とか、ちょっとくらいなら……とか、慈悲の心を見せてはいけない。
ここではっきり断らないと、彼は朝まで居座り、言葉にできないようなアレコレを仕掛けてくるだろう。
ローと付き合ってから一週間。
たったの七日では、自分たちの関係にそれほど進展はない。
なにせ、互いに学生の身。
日中は別々の学校に通っているし、ムギはバイト三昧だし、共有できる時間と言えば、朝の通学路と夜の家路のみ。
それでも、家まで送ってくれたあとは、マンションの下でこっそりキスをする。
誰かに見られたら恥ずかしいから、触れるだけの短いキス。
ムギはともかくとして、ローがその程度の触れ合いでは満足できないと知っていたけれど、黙って気づかないフリをした。
その先に進むには、まだちょっと勇気が足りないから。
ローと別れ、バラティエのパンを主食に夕飯を済ませ、熱めのシャワーを浴び終えた頃、スマホのディスプレイが起動し、着信を知らせる電子音が鳴った。
「ありゃ、なんだろ。ローかな?」
こんな時間に電話を掛けてくるのは、ローかボニーの二択。
しかし、二分の一の確率は見事に外れ、ディスプレイに表示された名前を見て目を丸くした。