第8章 激動のパンフェスティバル
遠い軽井沢の地でパンフェスが開催される日に丸一日バイトすることになった経緯を、駅まで向かう道のりでムギはすぐにローへ伝えた。
忘れないうちに言っておかないと、後々面倒になると知っているからだ。
「――というわけで、遅くなるから迎えに来なくていいですよ。」
「あ? 馬鹿か、お前。遅くなるから迎えに行くんだろうが。自分が年頃の女だってこと、そろそろ自覚しろ。」
付き合ってからというもの、ローの過保護と世話焼き病が悪化した。
たまに、彼はムギの恋人ではなく父親なのでは?と思う時すらある。
ついでに言えば、付き合ってから悪化した特徴がもうひとつ。
「俺に断りもなく、休日を潰すなんていい度胸だな。」
「まあ、わたしの休日なんで。」
「そうかよ。つまり、お前にとっちゃ、パン屋の方が優先度が高いってわけか。」
「……。」
ちくちく、ちくちく、ローの嫌味がムギに刺さる。
とげとげしい口調とは裏腹に、繋がれた手はしっかりと握られたまま離れない。
「……そんなに拗ねなくても。」
「は? 拗ねてねェよ。」
とは言うが、誰がどう見ても拗ねている。
ムギの言い方も悪いとは思う。
もう少し申し訳ない顔をしたり、困った顔をしていればローの気分も違うだろう。
けれど、そういう類の演技はできそうにないし、したとしてもすぐに見破られてしまいそう。
できないことを無理に挑戦して失敗するくらいなら、初めから己を偽ったりはしない。
どちらにしても、ローの気分を損ねる結末には変わりないけれど。
「まあまあ、そんなに拗ねないで。パンをひとつあげましょうか?」
「拗ねてねェっつってんだろ。それと、喧嘩売ってんのか?」
気分を損ねた相手に嫌いな食べ物をあげる。
どう考えても機嫌を取ろうとしている人の行動ではないが、そんなやり取りをしているうちに、ローの機嫌は直ってくる。
ローは過保護な世話焼きで、拗ねやすく、そしてムギに甘いのだ。