第7章 トラ男とパン女の攻防戦
ムギが通うスペード高校は、女子校ではない。
女子校ではないが、今この瞬間にスペード高校の校門の前を歩いた通行人は、「ここは女子校か」という感想を抱くだろう。
なぜなら、校門の前は色めき出す女子たちで溢れ返っていたからだ。
原因はもちろん、ひとりの男。
スペード高校とは異なる制服に身を包んだ彼は、スマホを耳に当てながら、誰かを待っていた。
「もしもし?」
『ああ。』
「あのですね、わたし、そこに行きたくないです。」
距離にして、十数メートル。
すでに肉眼にて目視できる彼の姿を、ムギはどこか他人事のように眺めていた。
『ふざけんな、今すぐこい。いつまで俺を見せものにするつもりだ。』
いや、知らん。
呼んだ覚えも、待っていてと頼んだ覚えもない。
ムギだって、今すぐローの胸に飛び込んで、この喜びを直に伝えたい。
が、しかし、ムギにはこの注目の中、ローに近づく勇気がないのだ。
『お前が来ねェってなら、俺の方から行くが……いいな?』
「ダメですよ。他校の生徒が校内に入ったら、先生に怒られちゃうから。」
『そう思うなら、早く出てこい。それとも、すっ飛んできた教員に、お前の彼氏だと説明される方がマシか?』
それは、キツイ。
愛嬌がある分、ムギは先生に気に入られている方だと自負しているが、それでもローのようなハイレベルの男を落とせる女だとは思われていない。
教師陣に知られたら最後、生徒指導室に呼び出され、新手の詐欺に引っ掛かっていないか、騙されていないかとスモーカーたちにいらぬ心配をされそうだ。
そんな地獄は絶対に御免被る。
「行きます、行きます! 行きますから、早まらないで!」
早口に断言したムギは一方的に通話を終わらせると、ここ最近鍛えられた脚力を駆使して、全速力で校門へ駆けた。
声を掛けようか迷っている肉食女子の脇を通り抜け、呆れ混じりに「やっと来たか」と言いたげなローの腕を乱暴に取って、これまた全速力で学校から離れた。
これだけ急いで走ったのなら、周囲の目にはムギの姿など見えなかったのではないか。
そんな浅はかな考えは、いくら馬鹿なムギにだって幻想だとわかっていたけれど。