第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
ベーカリー バラティエでパン好きのレッサーパンダを見かけた翌朝から、ローはバラティエに通い始めた。
驚いたことに、彼女は朝も働いていた。
せっせとパンを並べていた彼女は、店に入ったローの姿を見るなり目を見張って動きを止めた。
目立つ容姿ゆえに、他人から見るローの印象は忘れられないものらしい。
例にもよって彼女もローの顔を覚えていたようで、その反応に好奇心が擽られた。
「こらァ、ムギッ!! ぼーっと突っ立ってんじゃねぇ、キリキリ働け!」
「はぁい、すみません!」
パン職人と思わしき人物に怒鳴られ、彼女の身が跳ねた。
レッサーパンダの名前は、ムギと言うらしい。
パン屋に入るのは、これが初めてだった。
ぐるりと見回してみても、棚に並ぶ品物はパンばかり。
パン屋だから当たり前だけど、パン嫌いなローにとっては、少々目が痛い光景である。
レジの前にはドリンクコーナーがあって、冷えた牛乳や野菜ジュースが販売されていた。
その上の小さなボードには“コーヒー150円 おかわり自由”と記載されている。
レジの後ろにペーパーカップがあるから、あれを受け取ってコーヒーサーバーを使うのだろう。
ちょうどパンを購入した客と入れ違いになってレジへ向かうと、ムギがじっとローを見つめてきた。
電車のガラス越しではないムギを見るのは、なんだか変な感じだ。
「アイスコーヒー。」
「あ、はい。150円になります。」
財布からぴったり150円を取り出してムギに渡すと、代わりにペーパーカップをくれた。
「セルフサービスでおかわり自由なので、あちらで淹れて下さい。」
丁寧に説明をするムギに頷きながら、ローは彼女の胸に刺さったネームプレートを見た。
(米田ムギ、か。)
ネームプレートに書かれた名字と先ほど呼ばれていた名前を合わせ、ムギのフルネームを知る。
あまり人の名前と顔を覚えないローではあるが、ムギの名前は忘れないような予感がした。