第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
たいして期待もしていなかったパン屋のコーヒーは、意外にも美味しかった。
この味で150円、しかもおかわり自由となれば格安だろう。
空いた席に座ったローは、鞄から取り出した本を開き読書に耽る。
時折ムギの声が店内に響き、それがやけに心地良い。
気に入らなければすぐに出て行こうと思っていたはずなのに、すでにローは腰を落ち着けてしまっている。
ただひとつ気に食わないのは、店の男が喧しい点だ。
師弟らしいパン職人の二人は犬猿の仲らしく、店内に客がいようとお構いなしに喧嘩をする。
常連らしい客が「ゼフさんとサンジくん、またやってるよ」と呆れていたので、しょっちゅう喧嘩をしているのだろう。
周囲にうるさい親友たちがいるローとしては、喧嘩の声はさほど気にならない。
しかし反対に、サンジという若い男がムギに対して掛ける媚びた声とセリフが癪に障る。
「ムギちゃーん! 見て見て、玉子パンがくっついてハートの形になったよ。まるで俺とムギちゃんみたいだね。」
気色悪いセリフを吐くサンジに苛立って本から顔を上げると、声を掛けられたムギは顔色を変えずに平然と鉄板を眺めている。
「これは商品にならないですね。え、貰っていいって意味ですか? やったー、ありがとうございます!」
良いとも悪いとも言っていないのに、答えを待たず喜ぶムギを眺め、サンジの鼻下がだらしなく下がった。
「いいよ! それくらいで喜んでくれるなら、何個だって失敗するから。」
「じゃあ次は、塩パン失敗してください。塩パン欲しいです、塩パン!」
バラティエの塩パンは一個100円。
その程度のパンなら買ってやるから、そいつに強請るな……と内心強く思う。
「サンジ! 失敗した分はてめぇの給料から引くからな! ムギ、お前もサンジと口を利くな!」
「んだと、てめぇ、クソジジイ! 俺とムギちゃんの仲を引き裂くんじゃねぇ!!」
たちまちゼフとサンジの喧嘩が勃発した。
ムギはというと、失敗した玉子パンを満面の笑みで袋詰めしている。
ああして彼女の鞄の中はパンだらけになるのだろう。