第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
(え……?)
ローの大きな手が、目の前でカップと共にラスクを受け取る。
「……貰っておく。」
「ありがとう、ございます。」
受け取った。
散々試食を断ってきたローが初めて、バラティエのパンを受け取った。
かっと頬が熱くなり、喜びが全身を駆け巡る。
その時の自分がどういう顔をしていたのかは、よくわからない。
ローが妙に息を呑んだから、変な顔をしていたのかも。
そうして彼はイートインコーナーへ向かい、ムギも高揚感に包まれながら仕事に戻る。
ちらりと様子を窺ったら、ローは律儀に渡したラスクの封を開け、ぱきりと割って口に含んだ。
(た、食べた……!)
初めてバラティエのパンを食べたローの表情は、残念ながらよく見えなかった。
だが、それでも彼はラスクを食べたのだ。
今まで絶対に食べなかったのに、ついに食べてくれた。
根負けしたのかもしれないし、ムギの熱意に気圧されたのかもしれない。
理由はローにしかわからないけれど、ひとつだけ言えることは……。
(勝った……!)
一方的に仕掛けていた戦いに勝利し、ムギは心の中でガッツポーズを決める。
これをきっかけとして、ムギの中でローは“パンが嫌いなイケメンさん”から“パンを食べてくれたイケメンさん”に昇格した。
しかし、ムギの中でローはあくまで競争相手であり、彼に対して恋愛感情の類を抱くことはなかった。
ムギの中でローの株は確かに上がったけれど、それと同時に熱意が失われた。
“パンを食べさせたいお客様”が“パンを食べてくれたお客様”に変わり、つまりローは他のお客様と同列となってしまったのだ。
満足げな笑みを浮かべ、ムギのモヤモヤはすっきり晴れた。
それはもう、一方的に。