第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
ゼフの助言を受け、ムギは翌朝ひとつのパンを用意した。
これまでと異なり、選んだパンは試食ではなくムギがきちんと購入したもの。
なぜなら、そのパンは作るまでに少々時間が掛かるので、前日から購入しておかなければ用意ができなかったからである。
オープンから30分、いつもどおりローがバラティエにやってきた。
待ちに待ったローが現れ、ムギはにやける口元を頑張って引き締める。
「いらっしゃいませ!」
「コーヒーをくれ。」
「はい、お待ちください。」
ルーティンの如く繰り返される朝のやり取りをしたあと、ムギは満を持してレジ下に隠しておいたパン……ガーリックラスクを取り出した。
「あの、お客様。これなんですけど、よかったら試してもらえませんか?」
「あ?」
いきなりカップと共に透明な袋に入ったラスクを渡され、ローは訝しげに眉を顰めた。
「うちのラスク、美味しいんですよ。特にガーリック味はポリポリ止まらなくて、やみつきになること間違いないですよ!」
ふふんと鼻高々に説明をしたら、ローの視線が「だから?」と言いたげに突き刺さってくる。
(……そういえばわたし、受け取る前提でラスクを用意しちゃったけど、いらないって言われたら、どうしたらいいんだろ。)
今さらになって、ローが拒否する可能性を考える。
パン嫌いのローもこれならば大丈夫だと自信を持っていたから、あまり深くを考えていなかった。
ここまで熱く語っておきながら拒否されたら、なんというか……恥ずかしすぎる。
数秒の間に後悔が怒濤の勢いで押し寄せてきて、ムギは真一文字に口を引き結んだ。
どうする、どうする?
今からでも謝るべきか。
それとも、「なーんちゃって」とおどけて誤魔化すべきか。
ムギの脳裏に、駅で冷たくあしらわれた女子高生の姿が蘇る。
「あー……、あの、えっとですね。この袋には乾燥剤が入っているので、もしいらなかったらお友達にでも…――」
しどろもどろになりながら徐々にラスクを引っ込めると、タトゥーだらけの手がそれを阻んだ。