第7章 トラ男とパン女の攻防戦
パンを食べられない人とは付き合えない。
ムギは確かにそう言ったが、それは付き合えと迫るローを諦めさせるためのものであり、ムギ自身がローを好きになった今、価値がなくなった条件だ。
だからムギは、あっさりと約束を反故にする。
「ああ、あれ。もういいですよ。」
「は?」
「無理にパンが食べられるようにならなくてもいいです。もともと、そんなに拘ってたわけじゃないんで。」
「……なに?」
眉を顰め、怪訝そうにするローの口はもぐもぐと動き、不味いと思っているであろうパンを咀嚼する。
もったいないから返してほしい。
「あの時は、ローがあまりにもしつこ……いえ、諦めてくれなかったから難題ふっかけましたけど、本当はパンが食べられなくてもいいんです。」
「てめェ……、本当に可愛くねェ女だな。」
言われると思った。
でも、詐欺紛いな方法で交際を迫ったローだって十分“可愛くない”人だと思う。
「まあ、とにかく。もうその件はいいんで、無理してパンを食べなくて大丈夫ですから。」
はい、とローに手を差し出す。
奪われたホットサンドを返してもらうためだ。
しかし、ローの眉間には変わらず皺が寄ったままで、なにを思ったのか残りのホットサンドを口の中へ放り込んでしまう。
「あ!」
「……不味い。」
「もぉ! だから食べなくていいって言ったじゃないですか!」
「うるせェ。」
これまたムギの飲みかけコーヒーを奪って一気に呷り、美味しいはずのパンを飲み込んだ。
「え、怒ったんですか?」
考えてみれば、すごく失礼な発言だ。
ムギは適当にあしらうつもりで言った条件を、ローは毎日律義に守っていたのだから。
ムギの不安に対し、ローは「そんなんじゃねェ」と真っ向から否定した。
「パンは好きにはなれねェ。……が、今のうちに克服しておかねェと後々面倒だ。」
「面倒って?」
「……お前の前に、パンがめちゃくちゃ好きだって男が現れたらどうする。」
「は?」
急に脈絡のない仮説が飛び出して、ムギは素っ頓狂な声を出して首を傾げた。