第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
多くのパン屋がそうであるように、バラティエにも試食のパンがある。
形が崩れたパンや一部が焦げてしまったパンの他にも、お勧めのパンが試食として提供されていた。
「ムギちゃん、今日のお勧めってなにがいいと思う?」
「そうですねぇ、さつま芋ブレッドとシナモンロールなんかどうです?」
「いいね、それでいこう。」
単純に自分の好きなパンを挙げただけなのに、サンジにとっては理由として十分すぎるのか、あっさりと採用された。
一口サイズに切り分けられた二種類のパンをレジ前の籠に入れたら、バラティエの看板を引っくり返してCLOSEDからOPENへと変える。
バラティエの開店時間は朝6時。
周辺のパン屋の中ではダントツで早いオープンである。
そして、開店から30分を過ぎた頃、ハート高校の制服を着たローがやってきた。
「いらっしゃいませー。」
ローが姿を現すと、ムギはすぐにレジへ戻るようにしている。
彼はパンを購入しないので、バラティエを訪れたらコーヒーを買うために真っすぐレジへ向かうのだ。
「コーヒーを。」
「ありがとうございます。150円です。」
毎回同じ注文をするローのためにペーパーカップを用意し、代金と引き換えに手渡したところで、ふと思う。
(……試食とか勧めたら、どういう反応をするんだろ。)
よく考えてみたら、パンが嫌いという情報も友人から聞いただけの不確かな噂。
(本当に嫌いかどうかもわからないのに、試食を勧めないのも失礼だよね。)
レジが混雑していない時は、なるべくお客様に試食を勧めるようにしているムギは、思いきってローに声を掛けてみた。
「お客様、こちら、本日のお勧めのパンなんです。よかったら、ご試食いかがですか?」
それまで一度も自分から話し掛けたことがなかったローに営業スマイルを向けてパンを勧めたら、彼は僅かに目を見開いたあと、少しだけ黙ってから首を横に振った。
「……いや、いい。」
「そうですか、ありがとうございます。」
ローは試食のパンを食べなかった。
さつま芋もシナモンも苦手な男性が多いため、もしかしたらローもそうなのかもしれない。
けれどなんだか、無性に負けた気分になったのだ。