第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
ベーカリー バラティエは、閑静なパン屋には恐ろしく程遠かった。
店の外観やゆったりとした店内は申し分ないと思う。
パンの味だってムギが食べてきたパンの中でも最上で、グルメ情報サイトでは常に上位をキープしている。
しかしまあ、うるさい。
店の騒がしさの原因は、九割がゼフとサンジの師弟喧嘩である。
互いに遠慮がない上に口が悪いので、罵り合いは耳を塞ぎたくなるほどだ。
情報サイトでも「店員の喧嘩がうるさい」「男性客に対して態度が悪い」「彼氏がいるのに言い寄られて迷惑だった」と、パン屋にあるまじき口コミで評価を落としている。
それでもバラティエがやっていけるのは、最高のパンと、師弟喧嘩を一種の催し物と捉えてくれる常連客のおかげ。
また、ムギが働くようになってからは、師弟喧嘩を含めたトラブルは確実に頻度を減らしている。
つまりなにが言いたいのかというと、イートインコーナーを設けているバラティエは、あまり読書に適していないということだ。
だけど、ローはその後もしばらく本を読み続けた。
パンを愛するムギにはパン嫌いな人間の気持ちがわからないけれど、店中に漂うパンの匂いで気分が悪くなったりはしないのだろうか。
ムギにとってパンは生活の一部であり、幸せの象徴。
なんなら店の空気をゴミ袋いっぱいに入れて持ち帰りたいほど、パンを愛している。
バラティエはまさしく天国なのだが、一方で彼にとっては苦行なのだとしたら、人生の楽しみを知らない可哀想な人だと勝手に同情したのであった。