第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
おじさんの会計を済ませると、続いてレジにやってきたのは……ローだった。
ちょっと身構えてしまうのは、しょうがないこと。
「アイスコーヒー。」
「あ、はい。150円になります。」
やっぱりというか、なんというか。
ローはパンを買わなかった。
バラティエではパックの牛乳と野菜ジュースの他に、セルフサービスのコーヒーを販売している。
ムギは専用のペーパーカップを手渡すと、イートインコーナーの近くにあるコーヒーサーバーを指差した。
「セルフサービスでおかわり自由なので、あちらで淹れて下さい。」
もしかしたら知っているかもしれない説明を一応したら、ローは小さく頷いてイートインコーナーへ向かった。
(あ……、そういえば初めての会話だ。)
それがどうしたという話だが、有名人と会話をしたようなミーハーな気分になり、心の中でにやりと笑った。
結局はムギにもそういう部分があって、そんな自分が少し恥ずかしい。
今日の出来事を、きっとムギは誰にも話さない。
友人に根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だったし、普段興味がない素振りをしておきながら、やっぱりちょっと気にしているのだと思われるのが嫌だから。
パンの品出しを再開させながらこっそりローの様子を窺い見ると、コーヒーを淹れた彼は、イートインコーナーの椅子に腰掛けているところだった。
鞄から本を取り出したから、しばらくバラティエで時間を潰すつもりなのだろう。
読書をしたいのなら、家ですればいいのにと思ってしまうムギは安直だろうか。
しばらく珍客に気を引かれていたものの、やがて客足がどんどん増えて忙しくしているうちに、それどころではなくなってしまう。
ムギにとっては、十頭身のイケメンよりも次から次へと焼き上がるパンの方が重要なのだ。