第7章 トラ男とパン女の攻防戦
好きか嫌いかと聞かれれば、好きだと答えよう。
でも、どんな種類の好きかと聞かれたら、ムギはなんと答えたらいいのだろう。
パンを落としたまま固まったムギは、凍ったフランスパンで頭を殴られたような衝撃を受けた。
(わたしが、ローを好き……?)
恋する感情とは難しい。
これまでの人生、誰かに恋をした経験くらいムギにもあった。
初恋は幼稚園児の頃、担任の先生に。
お次は小学生の時、近所に住む年上のお兄さんに。
思春期すら迎える前の幼き恋は、本当の恋の練習みたいなもので、恋の正体は憧れだ。
だから、真実の意味で恋をしたことは、未だかつてなかった。
「ねぇ、そんなに驚くこと? 仲はいいんでしょ?」
「仲は……、いい、ですけど……。」
かろうじて正気に戻り、ぎこちなく頷いた。
そう、仲は良い。
仲が良いから、行き過ぎたお節介も不快に感じないだけ……それだけだ。
「言いたくなかったけど、ローくんもあんたのこと好きだと思うけど。」
「それはあり得ないですね。」
「なんでそこだけ即答してんのよ。」
「ボニーにも言ったけど、好かれる要素がありません。」
昼間、ボニーにも同じ発言をされたのを思い出し、ムギはあり得ない仮説に半笑いになった。
すると、やけに真面目な顔をしたプリンが言い返してくる。
「好かれる要素なんて、自分でわかるわけないでしょ。ムギを好きになるのは、ムギとは違う人間なんだから。」
プリンは恋する乙女。
当事者の真面目な意見を受け、ムギは笑いを引っ込め口を引き結んだ。
「疑うならそれでもいいけど。でも、ローくんがあんたを好きだったら、そうしたらどうするの?」
「どうって……。」
「好かれてもいないのに、責任を取られるのが嫌なんでしょ? じゃあ、好かれてたらいいの?」
今日のプリンは手厳しい。
いや、そうじゃない。
ムギが触れてほしくない部分だから、手厳く感じるだけだ。
「……そんなもしも話、真面目に考えたら恥ずかしいですよ。」
「もしも話かどうかは、自分で確かめることね。」
そう言ってコーヒーを飲んだプリンの視線が、店の外へ向いた。
誘われるように視線を追うと、バラティエの向かい側でローがムギを待っていた。