第7章 トラ男とパン女の攻防戦
眉間に皺を寄せ、大人でさえもたじろぐ渋面を作っても、ムギは怯みもしなかった。
「俺が昨日言ったことを忘れたのか?」
唸るように問うと、ムギも対抗して眉根を寄せた。
「わたしは、一度も了承していません。第一、許可も取らずにあんなことする人、嫌です。」
はっきり“嫌”だと告げられたら、逆にローの方が怯んでしまう。
好きな女からの拒絶は、けっこう効く。
「悪かったと言っただろ。」
「言っただけじゃないですか。全然わかってないでしょ。昨日のあれ、マンションの人に見られたんですよ!? 恥ずかしいし、気まずいし!」
当時を思い出したのか、ムギは両手で顔を覆って喚いた。
確かに、TPOを弁えた行為ではなかったと自覚している。
「悪かった、反省する。」
「いえ、反省とかいらないです。もう二度とありませんから。」
「別れない。」
彼女の言わんとすることを察し、先手必勝で告げたら、両手を退けたムギが辛辣な瞳で見上げてくる。
「ローには感謝してますよ。ええ、感謝はしてます。でも、人前でああいう……デリカシーに欠けることをする人とは付き合えません。というわけで、別れましょう。じゃッ!」
一方的にまくし立てた彼女は、いつの間にか到着していた各駅電車に飛び乗り、しゅぱっと手を振った。
「おい、てめェ……!」
ローも続いて乗り込もうとしたが一足遅く、電車の扉はぷしゅーっと音を立て、目前で閉まる。
素知らぬ顔をしたレッサーパンダはローの方を向きもせず、空いた座席を探して車内を歩く。
あなたに興味はありません……といった態度に、めちゃくちゃ腹が立った。
「だから、別れねェと言っただろうが……ッ」
ムギを乗せて遠ざかっていく電車を睨み、忌々しげに唸った。