第7章 トラ男とパン女の攻防戦
女の機嫌の取り方を、ローは知らない。
友達にもそうでない人にも、誰かに機嫌を取られた覚えはあるが、その反対をローがしたことがなかったのだ。
だから、こういう時……明らかに機嫌が悪い女が会話を拒むようにパンを貪っている時に、どうすればいいのか見当もつかない。
「ムギ。」
「……。」
声を掛けてみても、ムギは反応しない。
「今はパンを食べるのに忙しい」とでも言うように、リスみたいに頬を膨らませてもぐもぐ咀嚼する。
「……悪かった。」
低い声で謝ったら、ちょうどパンを飲み込んだムギがじろりと睨み上げてくる。
「それ、なにに対して謝ってます?」
ムギの問いについて答えが詰まってしまったのは、決して悪いと思っていなかったわけじゃなくて、単に心当たりが多すぎたのだ。
キスの件もそうだし、わざと回りくどい言い方をして誤解させ、故意に噂を広げた。
どれに謝ればいいのかと考えたら、たぶん全部だろうと思う。
しかし、そんなローの様子を見ていたムギは、ローが答えに窮したと勘違いをしたのか、ぷいと顔を背けた。
「もう、いいです。」
「おい、待て。俺は別に、悪いと思ってねェわけじゃ……。」
「だから、もういいですって。どうせ、ローにわたしの気持ちはわかりませんよ。」
それを言うなら、ムギだってローの気持ちなどわかりはしないだろう。
どれだけムギを想い、心から欲しいと願っているか、ムギは知らない。
だが、今回ばかりはローが悪くて、自分の暴挙を棚に上げて彼女を責めることはできず、ぐっと不満を飲み込んだ。
「……どうすりゃァいい?」
「簡単ですよ、別れましょう。」
食べかけのパンを鞄にしまったムギが、またしても禁句を口にしたので、ローの機嫌はムギに負けじと一気に降下した。