第7章 トラ男とパン女の攻防戦
7時より少し前にバラティエを出たローは、店の前でムギを待ち伏せた。
例えどれだけ気まずい空気が流れたとしても、めげもせずにムギを追うローの精神は鉄のように硬い。
ほどなくして店から出てきたムギは、そんなローを無視して駅へと歩き出した。
「おい、ムギ。」
「……。」
名前を呼んでもムギは答えず、振り返りもせず歩き続けた。
「ムギ。」
もう一度大きめの声で呼んでみても、やはり彼女は反応しない。
無視をする経験はあれど、無視をされる経験がないローは、軽く苛立ちながら大股でムギを追い越した。
「……無視をするな。」
進路を塞いで立ちはだかったローを前に、ムギはようやく視線を上げた。
「なにか用ですか?」
問い掛けてきたムギの声はやけに平坦で、冷たかった。
日頃からムギの態度は可愛いとは言えない。
しかし、それでもこんなふうに拒絶されたことはなくて、ローの胸に焦りが再燃する。
「用がないなら、わたしはこれで。」
二の句が継げなかったローを避け、ムギは駅へと歩き出す。
「待て。」
「……なんですか?」
すかさず腕を取って引き留めたら、迷惑そうに睨まれた。
「怒ってんのか?」
尋ねておいて初めて、ムギが怒る可能性に気がつく。
初めてキスした時は、彼女は戸惑いながらも怒らなかったので、すっかりその可能性を失念していた。
恋人同士ならばキスをしても構わないだろうが、ムギとローは普通の恋人ではなく、ムギにいたっては、ローを彼氏と認めてもいないはず。
「怒ってないとでも思うんですか?」
質問に質問で返されたら、ぐうの音も出ない。
ここは謝るべきかと考えていたら、ローの手を振り解いたムギが返事も待たずに歩みを進める。
ここで引き留めても彼女の怒りを煽るだけだと判断したローは、黙ってムギの隣を歩いた。
一緒に歩いてはいるけれど、二人の間に会話はなく、本当にただ並列して歩いているだけである。
場を和ませる会話術などローにあるはずもなく、沈黙は駅まで続いた。