第7章 トラ男とパン女の攻防戦
コラソンを見送ったあと、いつものように家を出たローは、これから向かうバラティエでムギがどんな反応をするかを考えた。
初めてキスをしたあと、彼女はあからさまにローを意識し、避けていた。
ムギがひとりで叔父の家に向かった原因の中には、恐らくローがした軽率なキスも含まれていただろう。
せっかく築き上げてきた信頼を崩したくはない。
だが、やってしまったことはしょうがないし、しなければよかったとも思わず、肝心なのは今日から自分がどう行動すればいいのかを考えること。
キスをしたからといって、そう簡単にムギが考えを変えないとはわかっている。
ムギがサンジを好きならば、自分の方がどれだけ彼女を大切にしてやれるのかを示せばいいだけ。
一度手出しをしてしまった以上、遠慮する必要なんかない。
もっとも、今までだって遠慮なんかしてこなかったけれど。
珍獣レッサーパンダの行動は、いつもローの予想を上回る。
「いらっしゃいませー!」
バラティエにやってきたローに声を掛けてきたのは、朗らかな笑みを浮かべたムギだった。
昨日とは打って変わって微笑むムギに、違和感を覚える。
ギンに任せることなくムギはレジに立ち、不審に思いながらコーヒーを注文すると、にこやかにカップを渡された。
カップを受け取りながら気づく。
彼女の笑みは、まさしく店員が客に対して向ける営業スマイルだ。
ムギと“友達”になる前は、こんな他人行儀な笑みをよく向けられた。
ローにコーヒーを渡したムギは、「ありがとうございました」と頭を下げ、再び仕事に取り掛かる。
(こいつ、どういうつもりだ……?)
必要以上に店員らしい態度を取られると、妙に焦燥感が募る。
けれども仕事中のムギの邪魔をするわけにもいかず、ローは落ち着かない気持ちで本を開いた。
ムギが仕事を終えるまでの時間が、やけに長く感じた。