第6章 パン好き女子のご家庭事情
寂しい、惜しい、そんなふうに思っていると知られたくなくて、ムギはあえて明るい声を出した。
「今まで、本当にありがとうございました! わたしの家庭事情に付き合わせちゃってごめんなさい。すごく感謝してます。このお礼は、いつか必ずしますから!」
「礼? 別にそんなもんはいらねェ。」
「そうはいかないですよ。正直、アブ兄のことはわたしが一番気にしていたことなんで。」
ムギだけじゃどうにもできなかった。
ローが機転を利かせ、助けてくれたから解決できたこと。
「わたしのせいで変な噂も広まってると思いますけど、早めに本当のことを言って誤解を解くようにしますので、少しだけ我慢してくださいね。」
「誤解? なんのことだ。」
「だから、わたしたちが付き合ってるって噂ですよ。ちゃんとフリだって話しますから。」
火消しにはしばらく時間を要するだろうが、相手は圧倒的な人気を誇るイケメン男子。
誤解だと知れば、みんなすぐに納得するはず。
しかし、当のローは不可解そうな顔をして、ムギの言い分を真っ向から否定した。
「お前、なにか勘違いしてねェか?」
「え……、なんですか?」
「俺は一度も、付き合う“フリ”をするだなんて言ってない。」
「は……?」
率直に、なにを言っているんだろうと思った。
だって、ローはあの時言ったじゃないか、穏便にアブサロムを撃退したいのならば、恋人を作ればいいと。
そして、恋人ができなさそうなムギに、自分がなってやると……。
(いや、待って。確かに言ってないな。)
思い返してみれば、ローは一度も恋人の“フリ”だとか、付き合っている“フリ”だと言っていない。
『お前の男に、俺がなってやる。』
『不満がねェってことは、それでいいな?』
言ってはいない。
けれど、普通はわかるだろう。
アブサロムを撃退するために作った恋人だ、本物であるはずがない。
言われなくても、互いにわかっている……はず。
「えっと……、付き合っているフリ、ですよね?」
念のため、確認してみる。
あくまでも、念のためだ。
だってほら、見解の違いがあったら嫌だし。
祈るように見つめたら、ローはさも当然とばかりに首を振る。
縦ではなく、横に。
「言ったはずだ、お前は俺の女だと。」
どうやら、見解違いがあったらしい。