第6章 パン好き女子のご家庭事情
ムギの不用意な行動を心配して、ここまで駆けつけてくれたローにどう感謝したらいいのかわからない。
ありがとうと、ごめんなさい。
他にもいろいろ言わなくちゃいけないことはあったけれど、どの言葉も口にできないまま、ローのバイクで家まで帰った。
当然ながら、ローは不機嫌だ。
それもそうだろう、あれほど心配されていたのに、ムギが迂闊で楽観的だったから、危うく過ちが繰り返されるところだった。
「あの、よければお茶でも飲んでいきませんか?」
さすがにこのまま別れるわけにはいかず、以前と同じようにお茶に誘ったら、ローは一瞬迷う素振りを見せ、それから首を左右に振った。
「いや、いい。今、お前の部屋に上がったら、なにもしない自信がねェ。」
それはアレだろうか、ものすごく説教がしたいという意味で?
ムギとしては説教を甘んじて受ける気持ちでいるが、時間ももう遅い。
無理やり引き留めるのも迷惑になる。
ならせめて、これだけは言っておかないと。
「今日は……、ごめんなさい。こんなことになるとは思わなくて。」
「だろうな。なにかあったら俺に言え……そう前にも言ったはずだが?」
「すみません。」
回避したはずの説教が始まりかける。
ああ、でも、そんなことを言わせたいんじゃなくて。
「……ありがとうございました。ローがいなかったら、わたしはアブ兄に言いたいことも言えず、あの人の勘違いを気がつかせてあげられなかったと思います。」
楽観視ではなく、アブサロムはもうムギをつけ回さない。
アブサロムが恋していたのは、自分が作り出した理想のムギだと気がついたはずだから。
「別に、礼を言われるようなことはしてねェ。俺はただ、気に入らないやつを蹴飛ばしただけだ。」
「あはは、ローらしい。」
ローらしい言い分。
ローらしい優しさ。
でも、こんな恋人ごっこはもう終わり。
アブサロムの脅威が去った今、恋人のフリをする理由はなくなった。
明日からムギとローは、手を繋ぐことも、デートの真似事も二度とせず、元どおり友達に戻るのだ。
それを寂しいと感じてしまうのは、贅沢に慣れたムギの我儘。