第6章 パン好き女子のご家庭事情
ムギにとって、アブサロムは家族だ。
絶望の淵から救ってくれたモリアの息子は、ムギにとっても大事な家族。
これ以上、大切な家族を壊したくない。
でも、このまま放ってもおけない。
それならば、彼のためにムギはいったいなにができるのだろう。
「俺が話をつけてやる。お前は向こうへ行ってろ。」
「……ううん、ダメ。わたしが、わたしが向き合わないと。」
深く息を吐き出したムギは、震えを鎮めて勇気を漲らせる。
大丈夫、ひとりじゃない。
わたしの隣には、ローがいてくれる。
「……目を覚ましてよ、アブ兄。」
「目を覚ますのは、お前の方だろう! そんな凶悪で顔だけの男に騙されるな!」
ローとアブサロムの間になにがあったのかは、この際どうでもいい。
重要なのは、アブサロムが“偽りのムギ”に惚れていることだ。
ずっとわかっていた。
彼が恋しているのは、本当のムギじゃない。
家族に入れてもらいたくて、必死にイイコを演じていたムギだ。
「ムギ、その男から離れろ……!」
「……ッ」
がばりと抱きついてこようとしたアブサロムに対し、ローが身構えた。
無駄に長い足で蹴りでも入れようとしているのか、彼の片脚が浮く。
だが、ローがアブサロムを撃退する前に、ムギは持っていたスクールバッグで勢いよくアブサロムを殴りつける。
――どかッ
「ぎゃ……!」
毎度の如く凶器と化したスクールバッグはアブサロムの頬に命中し、悲鳴を上げた彼は再び尻もちをついた。
「触らないでよ! 叔父さんと約束したんじゃないの? わたしに触ったら、親子の縁を切られるんでしょ? 叔父さんとの縁を切ってまで、わたしに触りたい!?」
「……!」
恐らく、その約束はアブサロムの頭から抜け落ちていたのだろう。
目を見開いたアブサロムは、頬に手を当てながら緩慢な動きで首を左右に振った。
よかった、否定してくれて。
もしアブサロムが否定してくれなかったら、これからムギがなにを言っても、彼には届かなかったはずだから。