第6章 パン好き女子のご家庭事情
人知れず実行したローの脅しは確実に効果を発揮し、以来アブサロムの視線は完全にではないものの、頻度を落としていった。
ローがムギの傍にいれば、このまま穏便に事は解決するはずだった。
少なくとも、あのメールが届くまでは。
ムギのメールを読んだローは、猛スピードでバイクを走らせてバラティエに向かった。
急げばまだ間に合うかもしれないという考えは甘く、閉店まで一時間を切った店内には、すでにムギの姿は見当たらない。
「おい、ムギはどうした!」
たまたまパンの籠を片付けていたサンジに詰め寄り問い掛けると、あからさまに眉を顰められる。
「あ? なんだてめぇ、いきなり。ムギちゃんなら、とっくに帰ったぞ。」
「とっく? 何時頃の話か正確に言え!」
「6時過ぎだよ。って、なんでお前に教えてやらなきゃいけねぇんだ……、ちくしょう。」
舌打ちをするサンジを気に留められないほど、ローの思考はフル回転していた。
一時間も前となっては、すでにムギはアブサロムの家に到着している頃かもしれない。
だとすれば、時は一刻を争うが、無力にもローはムギの叔父宅を知らず、なぜ聞いておかなかったのかと今になって悔やんだ。
(いや、待てよ? 住所を知る方法はまだあるじゃねェか。)
このバラティエは、ムギのバイト先だ。
ムギの住所はひとり暮らしのマンションだけど、彼女は未成年。
だとすれば、保護者の住所を店が知らぬはずがない。
「おい、ムギの叔父の家を知っているな? その場所を教えろ。」
厨房に戻ろうとするサンジを引き留めて尋ねたら、今度こそ突っぱねられた。
「あァ? さっきから、なんだてめぇは。知っていたとしても、教える義理なんかクソほどもねぇ!」
「義理なんざ知ったことか。さっさと教えろ。」
「それが人にものを聞く態度かっての! だいたい、お前はムギちゃんのなんなんだ!」
「ムギは俺の女だ。」
至極当然に答えたら、サンジの目がかっ開く。
例え、この男がムギの想い人なのだとしても、遠慮してやるつもりはなかった。