第6章 パン好き女子のご家庭事情
ローが持つケータイのメールは、とある人物からの受信だけ通知音が変わる。
暇な親友たちがしょっちゅう無意味なメールを送ってくるため、紛れてしまわないための対策だ。
だから、彼女から送られてきたメールに気がつくのは早かった。
『叔父さんの家に行くことにしたので、今日のお迎えは大丈夫です。これまでありがとうございました。』
「は……?」
そのメールを読んだ時、あり得ない内容が信じられなくて思わず声が漏れ出た。
自分の愚かな行いのせいで、ムギが距離を置きたがっていたのはわかっていた。
昨夜のローはどうかしていたと、さすがに反省している。
例え、無神経な彼女の口から別の男を“大好きだ”と言われ、頭に血が上っていたのだとしても、いきなりキスをしたのはまずかったと思う。
翌日のムギの態度はおかしくて、ローとは目も合わせず、仕事上の接触ですら他の従業員に任せようとしていた。
あからさまな態度を取るムギへの苛立ちと、僅かな後悔、それから想い人であるサンジを差し置いて、彼女の頭の中を自分で埋め尽くした優越感。
誰かにキスをしたいと思ったのも、誰かに奪われたくないと思ったのも、ローにとってはすべてが初めて。
しでかしてしまった行いは消せないから、得意分野でもある強引な手法で徐々にムギの心を絆していこうと決めた矢先に、ムギからメールが届いたのだ。
短い文章に、信じられないことが二つも書かれている。
まず、叔父の家というのはなんだ。
そこはストーカーであるアブサロムの家であり、わざわざひとりで出向こうとしている意味がわからない。
そして、もうひとつ。
「ありがとうございました、だと?」
それは、決別の言葉に等しい。
ムギは自らの手で、すべてを終わらせようとしている。
アブサロムの執着も、ローとの関係も。
そう思ったら、いてもたってもいられずに家を飛び出た。
「あの馬鹿……ッ」
ムギはいつも、考えが足りない女なのだ。
迂闊に従兄へ手を差し伸べ、餌に釣られて合コンへ赴き、断りきれずに連絡先を教え、自らの過去を暴露し、ローの提案に簡単に乗る。
そんな馬鹿で可愛いレッサーパンダは、愚かにもローから離れようとする。
最初から、離すつもりなど欠片もないのに。