第6章 パン好き女子のご家庭事情
彼に助けを求めるのは、都合が良すぎる。
だって、彼を遠ざけようとしているのは、ムギの方だから。
それでも助けてほしくて、傍に来てほしくて、ムギは必死になって電話の向こうに叫んだ。
「助けて、ロー……ッ!」
ぎゅっとケータイを握りしめ、通話が途絶えていない奇跡を祈ったが、しかし、奇跡はムギの予想を軽く超えてくる。
「おい、てめェ! 気やすく俺の女に近づくんじゃねェよ!!」
勇ましく現れた彼は、正気を失いつつあるアブサロムの背を蹴り飛ばした。
「ぐあ……ッ! な? ひッ、お、お前は……!」
ムギをつけ回していたアブサロムは、当然ローの顔も知っている。
けれども、アブサロムの表情はやけに恐怖に戦いていて、二人の様子を唖然と見守りながらも違和感を覚えた。
「懲りねェ野郎だな。ムギに近づくなと、あれほど忠告したはずだ。」
「いや、だが、なんでお前、ここに……? ここは俺の家だぞ。門をどうやって開いた? うちのセキュリティは、万全なはず……ッ」
「ああ、押しても開きそうになかったからな。飛び越えさせてもらった。」
「飛び越え……!? うちの門が何メートルあると思って……!」
会話がおかしい。
門を飛び越える云々よりも、話の内容からして、二人はすでに面識があるように聞こえる。
なぜここにローがいるのか、なぜアブサロムが怯えているのか、わからないことがいっぱいで戸惑うムギのもとに、ローが駆け寄ってくる。
「ムギ、大丈夫か……?」
「あ……。」
大丈夫だと言いたかったのに、ローの姿を間近で見た瞬間、心の底から安心して、涙がひと粒零れ落ちた。
泣いたのなんて両親を喪った以来で、自分でも驚きながら眦を手の甲で擦る。
「くそ……ッ」
苛立つローが悪態をつき、かと思ったら、逞しい腕が伸びて強く抱きしめられた。
「……ッ、ロー……!?」
「うるせェ、黙れ。」
驚いて身動ぎしても、ローは離してくれない。
慰めているつもりなのかもしれないが、びっくりしすぎて涙はとっくに引っ込んだ。